「新シク開イタ地」展

 神戸アートビレッジセンターKAVC)で2月25日~3月6日の日程で開催された「新シク開イタ地」展。KAVCのある新開地を字義通り“(埋め立てによって)新しく開いた/開かれた土地”と読み替えた上で、「地」「土地」「大地」」とは何かという視角から再考するといった趣の展覧会で、京都市立芸大教授の田中明彦氏と(加藤至+星野文紀+吉田祐各氏によるユニット)hyslomの作品が展示されていました。

 《旧湊川を埋め立てた土地が「新開地」と呼ばれたとき、詩人竹中郁は「ヘンな名だなあ」と感じたという。「新しく開いた地」が固有名詞として定着し、今の地名がある。このプロジェクトは竹中郁の違和感に立ち戻ることから出発する》――ステイトメントではこのように書かれており、ここだけ取り上げると新開地という場所(神戸屈指の歓楽街として栄え、今ではマルクスが「ルンペンプロレタリアート」と名づけたような労働者が多くたむろす界隈となっている(それは阪神・淡路大震災後の再開発を経てもなお、さして変わっていない))を俎上に乗せた地域アート系展覧会といった趣を感じさせるところではあるのですが、実際に出展作家たちの作品に接してみると、新開地ではなく、海底火山の噴火によって最近できた西之島がフィーチャーされていました。つまり、地域アート的な枠組みを採用しているように見えながら、実際は似て非なるものとして構成されているわけで。

 もともと「新開地」という地名自体が、上述したように“(埋め立てによって)新しく開いた/開かれた土地だから新開地”という由来を持った地名であり、人間の行為がそのまま地名になっているというニュアンスを強く抱かせる――いわゆる阪神間モダニズムの詩的伴走者でもあった竹中郁が感じた違和感も、ここに起因するのではないか――のですから、そこには独特の即物性とともに何か野性めいた何かをも感じさせるものがあり、その意味で「地域」に単純に還元できないモーメントを含んでいると言わなければなりません。「地域」とは、言語的・語感的な側面に即して言うと、名付けることが終わった後から始まる機制であるからです。それゆえ、そのような形で「新開地」を非–場所として措定している以上、展覧会の内容が現実の新開地とあまり関係なくてもいいわけですし、単純な地域アートに収まらない射程をこのようにセッティングしてみせた企画者側の慧眼に、まずは瞠目すべきであると言えるでしょう。

 以上のようなフレームワークが周到に設定された上で、hyslomは、彼らが最近ハマっている鳩レース用の鳩を西之島近海まで連れて行って見せるという映像作品を出展したり、展覧会初日の早朝にはKAVCの近所にある公園で鳩を飛ばすイベントを開催したりと、鳩尽くし(?)な作品やパフォーマンスを見せていました。特に前者は海底火山の活動によって新しくできた島と鳩という取り合わせによって、旧約聖書におけるノアの方舟話のクライマックスを現代において人為的に再現してみるといった趣を強く感じさせるものとなっていて、個人的には唸るところ。人と土地(ないし自然物)との関係性の原風景を、近代におけるロマンティークとしての“血と大地の同一性”と違った形で彼ら自身が身体を張って探求するというパフォーミングアーツを各所で続けているhyslomですが、今回はそれを神話的モティーフと接続させて再提示しているわけで、ここに彼らの新しい一面を見出すことは、さほど困難ではないでしょう。一方、井上氏は座卓めいた何かをうず高く積み上げたオブジェを作り、中に入ると西之島で今なお続く海底火山の噴火の様子を海中で撮影した映像や、KAVCから世界各地のいわくありげな(?)場所までの距離や方向を標識化したオブジェを出展してました。これもhyslomほど直截にではないものの、人と土地との関係性を「新開地」という非–場所を起点に測り直すことで客観的ではない地図を作り直すという方向性が押し出されており、そうすることによって近代におけるロマンティークと違った形での考察がなされていたと考えられます。作品単体としてはともかく、複数の作品を合わせることで、新たな大地のノモス((C)カール・シュミット)を見る側にもかすかにせよ予感させるものがあったと言えるかもしれない。

 まぁ細かいところをあげていけばキリがないのですが――例えばKAVCの一階を「意識」に、地下一階を「無意識」になぞらえるというのはいささか安直に過ぎるのではないか(個人的には地下一階の展示だけでも充分だったように思うところだったり(^_^; )、とか――、やはり「新開地」を“新しく開いた/開かれた土地だから新開地”と読み替えたところから出発したのは、端的に良い仕事だったと思います。

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