レイチェル・アダムスの近作について

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 現在佐藤美希女史の個展「DIVER」展を開催中(9.16〜10.9)のYoshimi Artsですが、そういった企画展の合間にときおり開催される「Flexible Exhibition」は、オープンするかどうかを当日にSNS上で告知したり積極的に展示替えを行なったりするなど、常設展でありながら一般的な画廊のそれとは異なった攻めの姿勢が際立った展覧会となっています。いささか旧聞に属する話ですが、7月下旬から約一ヶ月間断続的に開催されていた今夏のFlexible Exhibitionは館勝生(1964〜2009)の最晩年の絵画を中心に、所属作家や取扱い作家の小品を並べるという形で二期にわたって構成されており、オーナー氏の趣味の良い作品選定もあいまって、通常の常設展をはるかに超えたクオリティを見せていました。

 ◯今回の出展作家
第一期:柿沼瑞輝、笹川治子、佐藤未希、館勝生、西山美なコ
第二期:レイチェル・アダムス、柿沼瑞輝、興梠優護、笹川治子、館勝生、西山美なコ

 上記の面々の作品を概ね一人一点ずつという形で展示作品の数を絞りこむことで、涼しげながらも緊張感と知的強度の高い空間を作り上げていた今回のFlexible Exhibitionですが、とりわけ今回、個人的にクリティカルヒットだったのは、第二期に出展されていたレイチェル・アダムス(1985〜)の小品でした。グラスゴーに拠点を構え、主に立体作品を作り続けている彼女、Yoshimi Artsでは一昨年に開催されたグループ展「Material and Form in a Digital Age」展(出展作家:レイチェル・アダムス、上出惠悟、笹川治子)で初めて作品が出展され、昨年には日本初個展となる「Open Studio」展を開催しましたが、前者では紙や布を用いて抽象彫刻のようにも花と花瓶or大理石製の台座のようにも見える作品が、後者では「20世紀のある時期におけるとある彫刻家のアトリエ」をモティーフに、中に散乱していたであろう工具などをプラスティックで再現(?)するという作品が出展されていました。少なくともこれらの作品に接する限り、表現したい質感と実際の材質とのギャップを作中に導入することで立体作品と様々な文脈に開いて架橋していくというところに、彼女の作品の美質が存在すると言えるでしょう。

 で、それらを受けて、Flexible Exhibitionで出展されていたのは、アクリル板をひし形にカットして切れ込みを入れ、表面に毛皮の写真をプリントした作品でした(画像参照)。新作ではなく、数年前に作られたシリーズのうちの一つだというこの作品、上述したようなこれまでの作品以上に謎めいた作品に見えますが、表面にプリントされている毛皮の写真は実際の動物のものに直接由来するのではなく、一部のイームズチェアの表面に施されているものに由来するそうで、してみるとここでも表現したい質感と実際の材質とのギャップが導入されており、しかもイームズチェアをリソースにしているというところに、デザインとのコンセプチュアルな架橋が意図されているわけで、小品ながら彼女の作品の持つエッセンスや潜在的な射程が余すところなく詰め込まれていると言えるでしょう。しかも作品自体は(相反するように見えますが)決して説明的ではない形で、ある種の洗練を帯びた形で提示されているわけですから、これはもう。

 その意味で、彼女が表現したいのは、作品自体というより、作品に内在するギャップや架橋行為それ自体であると見ることが必要なのかもしれません。それを可能にする知的フレームワークミニマリズムと呼ぶと雑駁に過ぎるでしょうけど、非物質的な位相における人間的かつ物資的な営みという、現代美術――というか欧米における美術という行為全体――におけるミッションが現在においてどのように機能し、いかなる成果を生み出し続けているかを思いながら彼女の作品に接してみると、震撼することしきりです。