読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2014年 当方的展覧会ベスト10(後編)

 続いて、後編です

f:id:atashika_ymyh:20141231203303j:plain

・「在日・現在・美術」展(4.18~5.17 eitoeiko)
※出展作家:チョン・ユギョン[鄭裕憬] リ・ジョンオク[李晶玉] チョン・リエ[鄭梨愛] リ・チョンファ[李靖華] チョウ・チャンフィ[曺昌輝]
 朝鮮大学校の美術科に通う学生たちのグループ展という触れ込みで行なわれたこの展覧会。見る前は興味半分恐ろしさ半分といった趣だったが、実際の出展作はきわめて真っ当――と言って語弊があるなら、少なくとも前情報などからこちらがイメージするような作品は出展されていなかったわけで。その意味では、むしろ大多数が日本人であろう観客側の、彼らに対して得手勝手に持つ妄想や欲望が逆照射された展覧会となっていたと言えるかもしれない(それが意図してそうしつらえられたのかは議論の余地があるが)。彼らの、現実の北朝鮮に対する思考や在日朝鮮人としてのアイデンティティのあり方・ありようと、それに対する距離の取り方の複雑さが作品からもかいま見えていた、というとやや我有化し過ぎのきらいがあるかもしれないが、民族意識が自己意識や承認欲求のオモチャと化して久しい日本において彼らの作品に接することは、きわめてクリティカルな経験ではあるわけで。

 

f:id:atashika_ymyh:20141231203330j:plain

アピチャッポン・ウィーラセタクン「フォトフォビア」展(6.14~7.27 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA)
 2011年にカンヌ映画祭パルムドールを受賞したこともある映画監督で現代美術家アピチャッポン・ウィーラセタクン(1970~)だが、この「フォトフォビア」展は日本での彼の個展としてはこれまでで最大規模のものとなったそうで。彼が生まれ育ち、現在も制作の拠点にしているタイ東北部の風土や風習、(えてして中央から抑圧されてきた)歴史などが渾然となった、詩的かつ暴力的でもある映像作品群は、タイについてよく知らない者的にも非常に見応えがあった。

 

f:id:atashika_ymyh:20141231203352j:plain

・「C.C.G.F Creator Creature Gathering Festival」展(11.7~16 旧たき万旅館)
※出展作家:はまぐちさくらこ トーチカ 栗田咲子 谷澤紗和子 佐伯慎亮 大井戸猩猩 いくしゅん 高木薫 谷原菜摘子 Rick Potts 木村まさよ with 月眠 石上和也 坂口卓也 カガマサフミ
 毎年11月に奈良県内各所で行なわれる地域アートイベント「はならぁと」のメイン企画の一環として開催されたこのグループ展。「百鬼夜行」というテーマに沿った作家と作品がチョイスされていたが、会場の旧たき万旅館(生駒市)が趣深すぎたわけで、この会場を選んだ以上で圧勝(←何にやねん)確定ではあり。もちろん作品の方も会場の特異な空間とガッチリ組んだ良作揃いだったことで、相乗効果が出てきており、この手の地域アートイベントにおいては、かなりレヴェルが高いものだったと断言できるだろう。全ての地域アートが範とすべき良展覧会。個人的には浴場に漢字をグラフィティした高木薫女史の作品(右画像参照)が最も良かった。

 

f:id:atashika_ymyh:20141231203407j:plain

・百瀬文「サンプルボイス」展(3.8~30 横浜美術館アートギャラリー1)
 これまで映像とそれが映すシチュエーションと音声の相互関係がある種脱臼したような状態を周到にしつらえた映像作品を制作し続けている百瀬文(1988~)女史。横浜美術館内の小スペースを用いて行なわれたこの展覧会では三つの映像作品が展示されていたが、中でも百瀬女史が声優の小泉豊氏にいろいろインタビューする様子をアニメと実写とを交互に切り替えながら映しだしていく映像作品《The Recording》は、百瀬女史の持ち味が良い形で現われており、ついつい見入ってしまった。他にもテルミン奏者の演奏をストレートに映した作品も、地味ながら彼女の映像作品の方法論的な原風景となっていて、こちらも良い。

 

f:id:atashika_ymyh:20141231203419j:plain

・「“Material and Form ”in a digital age」展(9.26~10.23 Yoshimi Arts)
※出展作家:レイチェル・アダムス 上出惠悟 笹川治子
 「デジタル時代における「質料と形相」」という、タイムリーかつ巨大なタイトルを冠したこの展覧会。個人的には日本初紹介となるレイチェル・アダムスの作品が新鮮で、なおかつ上のテーマともかかわって非常に興味深かった。デジタル化が単なる情報処理の体制の高速化にとどまらず、私たちの認識の機制自体を変えているのではないかという所説自体は以前からあちこちで言われていたが、「質料と形相」というアリストテレス以来の古典的な問題系においてそれがここ数年加速度的に進行していることと両の目で見てみると、たった三人の出展作家とは言え、ピリッと効いた展覧会となっていたと言えるかもしれない。